先日の2月8-9日に比良の武奈ヶ岳で冬PWを行いました。
阪大ワンゲルでは冬山での活動は現役のみでは行っていませんが、年に1回だけ経験豊富なOBさん方に同行して頂いて、冬場の武奈ヶ岳への登山へ行きます。夜は武奈ヶ岳にある山小屋、暮雪山荘に宿泊しますし、現役はOBの指示に従っていれば良いですから、冬山といえども特別危険を感じるようなことは特にありません。私は雪に親しみのない地域で育ちましたので、嫌になるほど雪まみれになれるこの冬PWを毎年楽しみにしています。
しかし7日の金曜日のニュースでは「10年に1度の大雪になる」などと大騒ぎしていたので、流石に今年は大丈夫なのだろうか…と不安でした。当日の朝は梅田でも雪が積もっており、このまま中止になるんじゃないか?と予想したりもしましたが、いざ山の上に来てみると雪の量は去年と同じ程度しか無かったように思います。ただ当然のごとく人気がまったく無かったので、ラッセルのし甲斐はありました…。
合宿前から分かっていたことですが、今年も曇って武奈ヶ岳からの展望は望めませんでした。上の写真は稜線を登っている最中に奇跡的に訪れた晴れ間に撮影しました。でも、どうせなら山頂で晴れて欲しかった。
似たような写真ですがもう一枚。シャッターチャンスがここしか無かったんですよ。
頂上に着く頃にはすっかり曇って、風も強いし寒いので早々と退散しました。私は3回目の冬PWだったのですが、まだ1度も武奈ヶ岳からの景色を拝めていません。冬は空気が澄んでおり、遠くアルプスや御嶽までも見えるらしいですが、この目で見るまでは到底信じられない話です。「アルプスを見るまでは来年も参加しない訳にはいかないな…」などど考えながら、今年も打ち上げの王将へ向かいました。
56期林です。年を越す前にこの記事だけは書きたいと思ったので書かせていただきます。
かれこれ2か月ほど前、秋合宿として美ヶ原、霧ヶ峰に“登山”してきました。
秋合宿といえばチャリと決めたいるので、1回生の時は四万十川(沿いの道)を下り、2回生の時は天橋立と城崎温泉に行き、鳥取砂丘を見るために山陰チャリを企画しました。
そして今年は川→海と来たので、山に挑戦することにしました。
松本まで電車で移動した後、自転車を組み立て、いざ百名山「美ヶ原」へ!
翌日はハイキングをしました。

北アルプスをバックに
翌日は隣の百名山「霧ヶ峰」へ移動しました。
ちょうど紅葉シーズンだったため、道を走るだけで清々しかったです。

京都などの紅葉とは一味違う、雄大な自然を見れて本当に幸せでした。

霧ヶ峰の「ころぼっくるひゅって」は味があり、泊まるだけでわくわくしました。
次の朝はその名の通り「霧」でしたが、次第に晴れてきました。

八島ヶ原湿原(湿原研究の第一人者 Jensen博士は「これほど見事なものは世界でもベルギーに一ヶ所あるだけ」と絶賛しているらしいです。ちなみに比良山系、八雲ヶ原も同じタイプの湿原です^^)

夏合宿の北海道でも大地の大きさを感じましたが、アルプスに囲まれた地もなかなか雄大でした。
合宿を通して北・中央・南アルプスだけでなく、火打・妙高、富士山、関東の山々も見渡せ、次なる目標がどんどん決まってきました。
さて、1回生があまりふれてない合宿について書きたいと思います。
それはL養Ⅰ。そして場所は、そう、比良山です。
滋賀県の湖西にある比良山系のうちいつも武奈ヶ岳を中心に登山しています。

いつもお世話になっている八雲ヶ原
私の場合は入部以来3年で、合宿・個人山行あわせて10回登りました。
阪大ワンゲルといえば比良での合宿というのが一種定番になっていますが、別にそういう決まりがあるというわけでもありません。もう飽きているのにもかかわらず合宿の企画にはかなりの確率で比良山が出てきます。

でも行きたくなるのは、いろんなコースが楽しめること、山頂からの琵琶湖が綺麗なこと、メンバーと料理を作ったりといったテント泊が楽しいことなどなどいろんな思い出がよみがえって来るからなのかもしれません。
こんにちは!阪大ワンダーフォーゲル部58期生(現1回生)の花田です!
今年も残すところあとわずかですが、ここでは、今年の素晴らしかった夏合宿について触れたいと思います。
まず、私たちが今年の夏合宿で登った山は、赤石岳(標高3120m)という山です。赤石岳は、かの有名な日本南アルプスのうちの1つです。
ではまず1日目から。1日目は、部室集合で、そこから静岡まで夜行バスで向かいました。赤石岳麓にあるロッジに到着したのは、確か14時くらいだったかな?(少し曖昧です(笑))そこから、皆で晩御飯を作って、早めに就寝しました。
2日目。いよいよこの日から、山登り開始です。この日は確か、標高を一気に1000m程上げたので、結構しんどかった…(笑)でも登り終えた後は、かなりの達成感でした。
3日目。いよいよ、赤石岳山頂にアタックする日。前日の晩、雨がポツポツ降っており、内心、「明日雨だったら、山頂まで行くのだるいなぁ……」と思っていたのですが、なんと、綺麗に晴れてくれていました!めちゃくちゃ嬉しかった。そして、山行を開始したわけですが、富士見平という最初の休憩地点で、こんな風景を見ることができました。

もうこれだけでも、気分は最高でした。今までこんなの見たこと無かった。気分が高揚したまま、山頂まで一気に登りました。山頂からの景色が、これです。

ワンゲルに入ってよかった、と思った瞬間でした。素晴らしい雲海が目の前にして、山頂にある小屋で食べるカップラーメンは本当に最高やった。本当に満足した1日でした。
最終日。この日はひたすら山を下って行くだけでしたが、出発直前に撮ったのがこの1枚。

朝日によって、赤く染まる赤石岳。まさにこれこそ赤石岳、とでも言えるでしょうか(笑)
本当に充実した夏合宿でした。来年はどこに行こうかな?来年の夏合宿までまだまだですが、そんな事を思っている今日この頃です。
それでは失礼します。
あ、最後に山頂での写真を!!

未だ見たことのない風景を見てみたい。
その風景の、実に宏壮なることをこの目におさめたい。
その風景の、実に多様なることを体感したい。
ワンダー・フォーゲルという活動の意味を、筆者はこのあたりに求めている。もし「日本」を知ろうと思うのならば、その達成は、「日本」を歩くことによらずしてはまず見込みがないのではないか。今夏の北海道大雪山への登山は、そういう意味においても、筆者に忘れがたい印象を与えることとなった。1回生が輪番で記事を書く、ということになって、是非とも夏合宿のことを書きたいと思った。これまでのブログと重複してしまっていること、どうかご容赦いただきたい。
われわれは、層雲峡の登り口から取り付いた。小一時間ほどして、大雪山系の北辺を一望できる黒岳の山頂に達したとき、その風景の色合いの新鮮さに驚いた。北海道島を支える脊梁であるに相応しい貫録を備えながら、あまりにも悠揚としていて、その容易な把握を撥ねつける。捉えどころがない。筆者はここで、山岳風景そのものに感動を覚えるという(槍ヶ岳を見た、とか、八経ヶ岳の山頂に達した、とかいう類のものではなく)、案外多くはない感動の気持を抱くに至った。深田久弥は、大雪山の魅力はその「贅沢さ」、「野放図さ」にあると書いていたが、まさしくその通りであった。難所を攀じるなどの行いによって却って先鋭的に人間の存在を強調するアルプスとは異なって、この雄大な風景の前では、人間個人は極限まで矮小化するように思われた。

大学を出発して、大阪駅から、JRを京都、園部、福知山で乗換え、舞鶴港へ。新日本海フェリーで丸一日揺られ、小樽で一泊。翌日小樽築港駅から札幌、岩見沢、滝川、旭川各駅を経て、上川駅に達した。青春18きっぷの旅であった。こういう「ゆとり」ある貧乏旅行も、ワンダー・フォーゲルの魅力の一であると感じている人が多い。大阪のそれとはまるで異なる景色に心を動かされるのは、こういうアプローチの仕様が、いちいち旅情をかきたてるからかもしれない。

もちろん、山は決してアマくない。黒岳から白雲岳の裾野まで山行して、避難小屋で暖かな夜明けを恃み明かした翌朝(気象状況の予想により、この日の幕営は避けることとなった)、われわれは目を瞠った。吹雪。「関西の谷川岳」比良山系で練成したとはいえ、あの寒さには相当こたえた。1日の停滞を越しても、その状況はたいして好転しなかった。尾根を渡る尋常でない強風によって、旭岳までの縦走は断念せざるをえなかった。大雪山の縦走記録としてはかなり古い部類に属する大町桂月の登山記を見ても、この寒さと風には相当やられていることがわかる。熟練の登山者でも、北海岳の西稜に不意に手こずらされることがあるらしい。単純なピーク・ハントに拘泥し、敗北などと思うことがあってはならない。山は、ただそのピークをもって山と云うのではない。大雪山―ヌタプカウシベの深奥な世界を、ほんの少しだけでも体感することができたのだ。それほど有意義なことが、ほかにあるだろうか。8月末~9月上旬。ここに来るまでは、猛暑にあえいでいたのに。。。日本の広さが実感された。日本の自然の厳しさもまた思い知らされた。
山の天候というものは、不順、局所的なもので、黒岳に戻ればあたたかな日が照っていて、皆の顔はほころんだ(この日初めて、日光にあたるだけで、それだけで暖かいのだということを知った)。霧は晴れて、眼前には、数日前と同じ壮大な、豊かな風景が展開していた。19歳で夭折したアイヌの少女知里幸惠は、『アイヌ神謡集』の序文に「其の昔此の広い北海道は、私たちの先祖の自由の天地でありました。天真爛漫な稚児のように、美しい大自然に抱擁されてのんびりと楽しく生活してゐた彼等は、真に自然の寵児、何と云ふ幸福な人だちであったでせう。」と謳っているが、実に、ザックの奥にしまい込んでいた岩波文庫『アイヌ神謡集』を読み返したくなる山旅であった。
(文責=1回生 越智 勇介)