五月、世に言う「ゴールデン・ウィーク」は、大阪大学ワンダーフォーゲル部の一年のなかで、とりわけ特別な意味を持った一週間だ。ワンゲル部随一の“過酷”な鍛錬合宿、「L養Ⅱ(りーよう・に)」が挙行されるからである。「L養」とは、すなわち「Leader養成」の略。われわれ新2回生にとって、当合宿はまさにワンゲル部員としての進級試験であるのであって、昨年度四月の入部以来、一年を経て、“ワンゲラー”としてどこまで成長できたのか、己を厳しく問い詰める合宿となる。以下、依頼を受けてから随分経っての脱稿となってしまったが、「L養Ⅱ」合宿について、記憶に留めていることを書いていきたい。

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今年度の「L養Ⅱ」の舞台は、われわれのホーム・グラウンドと言うべき比良山系と、琵琶湖を挟んで向かい合わせにその位置を占めている、1000m級の連嶺・鈴鹿山脈であった。その滋賀・三重県境の峰々は、比良の武奈ヶ岳から、いつも霧の中に山容を望見していた峰々で、或いは憧れの山脈として、筆者の心中にあったかもしれない。1000m級と侮るなかれ。その縦走中の景色は極めて変化に富み、ササ原の拡がるたおやかな山容をもった竜ヶ岳、急坂の続く峻厳な南稜が印象的な藤原岳、カルスト地形に興趣の尽きない御池岳など、30数kgを背たろうての鍛錬のなかでも、その風景に感動を覚えられるだけの豊かな峰々であった。実に、筆者はあの美景に救われて、最後まで歩ききったのだと思う。
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(たおやかな山容の竜ヶ岳。員弁川流域の展望が開けた)

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大阪から近鉄線と三岐鉄道とを乗り継いで三重県いなべ市の宇賀渓に到り、渓流の河原で幕営。当合宿で「食当」を分掌していた筆者は、景気付けにすき焼きをつくって、来る明日に備えた。仲々好評なのが嬉しかった。翌日、河原から竜ヶ岳までの登りは単調であったが、陰湿な照葉樹林帯を抜けて、カラッとしたササ原が拡がったとき、それまでの疲れは一気に吹き飛ぶ。この一帯の山塊を、われわれだけが独占しているようなあの爽快な心地は、山頂で「ザック・ダウン」のコールがかけられるとき、いよいよピークに達した。その後、北へ北へと縦走するその道中は、歩荷量の重いのもあって、またエアリアに記載された幕営地がはなはだ覚束無いものであったこともあって、一様に愉快と言えるものではなかったが、鍛錬合宿であるのだから、そんなことは当然甘受せねばらならない。

急坂の先に展開する「跌宕の美」に快哉を叫んだ藤原岳、伊吹山を望む秘境・鈴ヶ岳もそれぞれ忘れがたい印象をわれわれに与えてくれたが、やはり特筆すべきは、鈴鹿山脈の最高峰、御池岳からの絶景である。快晴の御池からは、未だ雪を戴く白山、木曽駒、御嶽、乗鞍までを眼下に収めることができ、まさに言うことなしという気持であった。この小さな歩荷さんたちにとって、これほどありがたい報いは一体あるだろうか!一年当地に通ったところで、これほどの絶景を何回観られるだろうかというほどのグッド・タイミングでの登頂に、まさに血湧き肉躍る筆者であった。帰路は、控え目ながら凛としたカタクリの花に激励を受けながら、鞍掛峠から国道306号へ下り、バスで滋賀県の彦根に到った。
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(御池岳からの展望。冠雪した白山を遠望できる)
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(御池岳にて。奇蹟的な絶景は、部員たちの腸に染みたことだろう)

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酷使した身体を保養することそこそこに、「L養Ⅱ」の翌週、われわれは「新歓合宿」に臨むことが恒例になっている。頼もしい後輩たちに、期待と脅威を感じつつ。。。二週続きの快晴にその絶景をあらわしている武奈ヶ岳に登ると、昨週登った鈴鹿山脈が、やはり遥かに堂々と連なっていた。この後、馴染みの比良山系にて、「L養Ⅱ」を或いは超えるかもしれない過酷さの「2次予備」を何とか終え、明日から白馬で「3次予備」に挑む筆者であるが、果して、“ワンゲラー”としてどこまで成長できているのだろうか。「ゴールデン・ウイーク」からこの間、鍛錬を行なってきた成果は発揮できるだろうか。一歩、一歩、歩みを進めていけば、その一歩は小さくとも、いつか頂きに達することができる。そうした「山の思想」を胸に秘め、ひとつ、いまの自分の力を出し切りたいと思っている。
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(比良山系から望む鈴鹿山脈。五月の二回の山行は、この湖国をめぐって展開された)


(写真・文=2回生 越智 勇介)